かねてからの研究で、Peak Power Output(最高出力)が自転車の上での速度と強い正の相関があることは分かっている。
自転車競技に取り組むサイクリストは、最高出力を高めるため、筋肉のサイズとストレングス向上を目的とした筋トレ、いわゆるレジスタンストレーニングに取り組んでいる選手が多い。
しかし、従来のウエイトを持ち上げる筋トレの能力には、
「選手のコンセントリック収縮の能力や、外部的負荷を繰り返し持ち上げる能力に依存する」
というリミテーションがある。
この従来の筋トレでは最高出力の向上につながるのか懐疑的であり、サイクリストの最高出力向上に本当に効果的なトレーニングは何か?という点が議論されている。
その点で興味深い論文を見つけたので覚書。
論文の要旨
対象: 男女24人のトラックのスプリントのトップ選手。
介入: 6週間の「自転車競技特化のアイソメトリックレジスタンストレーニング」。13人にこれを行ってもらい(EXP群)、行わないCON群と比較した。
結果: EXP群では最高出力と最高トルク、そして介入のトレーニングにおいての負荷が向上したが、統計学的に有意とは言えない。CON群で外側広筋の筋厚が向上した。
結論: 自転車競技特化のアイソメトリックレジスタンストレーニングはスプリンターの最高出力を3-4%向上させる。世界レベルのスプリンターにも、準備期間にこのトレーニングの刺激を加えることが有用であることが示唆された。
論文を読んで
そもそも「自転車特化のアイソメトリックレジスタンストレーニング」てなんだ?
最初に見たときには、研究の介入として何を行ったのかがそもそもピンとこなかった(笑)。
読み進めていくとこういう介入らしい。
上死点から45度、90度、135度のクランク角の位置でペダルを固定し、それぞれの角度で3秒間、全力でペダルを踏む。
これを左右それぞれ、角度ごとに3×1セットから始めて、6週間かけて4×4セットまでセット数を増やして行った。
この介入は週に2回または3回のジムセッションで行われ、両群の選手はこれ以外に週2回のトラック練習、週1回または2回のロード練習も行ったという。
この研究のすごい点とリミテーション
この研究は、オリンピック, パラリンピックメダリストや記録保持者を含むトップアスリートに対して行われた壮大な実験で、本当の意味でのトップアスリートで行われたという点で本当にすごい実験と思う。
しかし同時に、研究がトレーニングの邪魔になってはいけないという観点で、EXP群とCON群を分ける際には、選手たちのトレーニングプランの進捗や本人の意思が尊重され、ランダマイズすることができなかったという。これは実験のデザインという観点で見れば本来致命的ともいえる。
さらに、EXP群では最高出力の増加がみられたが、これらをCON群と比較して統計学的に処理した結果が有意とは言えなかった点も見逃せない。
ただしこれについては、もともと世界レベルのアスリートが実験対象であるので、その最高出力が生理的限界に近いレベルに到達している可能性は高く、その中で統計学的に有意ではないにしろ向上が確認されたこと自体には価値があるのではという論調で書かれている。僕も同意する。
CON群も実験期間中、最高出力その他のパフォーマンス向上のための通常通りのトレーニングを行っていたのにも関わらず、最高出力の向上は見られなかった。それに対し、EXP群で平均して46wもの最高出力の向上が見られたのは実験結果として素晴らしいことと思う。
筋肉のボリュームとパフォーマンスは相関しない?
CON群で外側広筋の筋厚が向上したが最高出力の向上にはつながらなかったとされている。
こちらの記事で参照した論文でも、筋肉のボリュームが特段増えなくてもパフォーマンスは向上するという論調だった。
従来のいわゆる「ウエイト」を持ち上げる筋トレは、筋肥大には効果があるけれども、それ単体ではパフォーマンスの向上にはつながらない。競技のトレーニングと組み合わせることで相乗効果は得られる。
というのが最近の筋トレ研究の大きな1つの結論なのかもしれない。
これからの研究について
論文中では、これからの研究は、サイクリストのスプリント能力向上のために、「最高出力が向上するメカニズムの解明」に向けて進んでいくだろうと言っている。
筋力が向上するからと言って出力が向上するわけではないというのは複数の論文から言って確かに見えるし、サイクリストのトレーニングとして何を行うのが適切なのかという点についてはまだまだ議論と研究の余地がありそうだ。