Zwiftは実際のレースの代わりとなり得るか?

思考
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画像はzwift公式サイトより。

コロナウイルスの流行でサイクリストも少なからず不要不急のサイクリングは控えようというコンセンサスがとれ、当然の帰結として、バーチャルサイクリングのソフトウエア、Zwiftが流行している。

Zwiftは、パワーメーターを基準に、登録されている体重や身長のデータを独自のアルゴリズムで分析して速度を算出、仮想空間上の走行速度に反映させている。用意されている仮想空間上を自由にサイクリングできるほか、イベントも行われており、公式アプリからエントリーすると、指定された時間から、グループワークアウトやレースなどを他ユーザーと行うこともできる優れものだ。

最近では日本のU23の選手を対象に、チームIRC ユーラシアが主催するIRCチャレンジというレースも毎週火曜日に行われ、若手ベテラン問わず、Zwiftに参入している印象がある。

それと同時に、Zwift上での速さが、いったいどの程度正確に実走での速さを反映しているのか、という点について議論されるようになった。Zwiftに否定的な意見としては、「Zwiftだけやけに強いやつがいるけど、実際に一緒に走ると速くない」「実際のレースでは活躍しないような選手がZwiftレースだけやけに強い」などを聞く。Zwift社がどれだけ優れたアルゴリズムで速度をシミュレーションしても、やはり実走との違和感を埋めることはできないのだろうか。

僕はこの問題の根本的な原因は、「パワーメーターの数字を速度に直結させること」にあると考えている。これは2つの段階に分解することができて、
①パワーメーターが測定するパワー値自体に各社、及び各個体、差がある。
②測定されたパワー値が同じでも、外で走って同じ速度とは限らない。
といったことが考えられる。

そもそもパワーの測定方式は、クランク式、ペダル式、後輪ハブ式、固定ローラーの負荷装置式、など考え付くだけでもさまざまであり、それぞれについて各社が開発しているにも関わらず、パワーメーターの原器になるものがなく、いったいどの程度正確にパワーを測定しているのか、は甚だ疑問だ。そして、パワーが同じ、つまりクランク測定式であれば同じだけクランクをゆがませたとして、そのパワーをどの程度推進力にかえられているのかについては、ライダーのペダリングスキルを反映しなければならないだろう。

では、Zwiftには存在価値はないのかというと、全くそんなことはない。あくまでこれらの問題は、ほかのライダーと競うことを前提にしているから生じるのであり、自分が強くなる、という観点で考えれば、さほど大きな問題ではないからだ。
自分一人と戦わなければいけなかったインドアサイクリングにおいて、バーチャル空間で自分と一緒に走っている人ができることのトレーニング効果は、計り知れない。自分一人では追い込めなかった領域にまで自分を追い込ませてくれる。それは、自分以外の人が自分より小さいパワーで同じ速度を出していたとしても、関係のないことだ。この観点で見ると、やはりZwiftは画期的で革新的な発明であったことに変わりはないだろう。

Zwiftレースが多数行われて価値が高まってくるのは良いことだが、それに付随して生じる問題にも触れてきた。Zwiftレースの一番の価値は、「参加者それぞれが自分一人では追い込めなかった領域まで追い込むことができた」ことにあるのであり、現段階では、実際のレースと同じレベルで勝者が賞賛されたり、選手としてのステップアップにつながるべきものではない。Zwiftに興じるサイクリストのそれぞれがそれを理解して、自分自身の課題に向き合うために利用できれば、トラブルなく全員が楽しめるのではないかと考える。

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