自転車競技と減量のはなし

思考

自転車ロードレースを競技としてやっている人なら誰しも一度は考えたことはあろう、減量。近年ではパワートレーニングが脚光を浴びて、パワーウエイトレシオ(体重1kg当たりのする仕事率)を向上させることが速さに直結すると取りざたされ、ますます減量に関心が集まっていると感じる。

実際に、ワールドツアーで活躍している選手たちの体型を見れば、一目瞭然。健常者、まして3週間で3500kmを走りぬくアスリートとは到底思えない、いわゆる「不健康」にも見えるやせ型の選手が大半を占めている。では、ホビーレーサーやこれからもっと強くなりたいと思っている高校生、大学生は、減量をしたほうが良いのだろうか?

結論から言うと、僕はこれは年齢によると考える。ジュニア、アンダー23に当たる世代の選手は、むやみに減量に取り組まない方が良い。エリートカテゴリに入っている選手は、取り組んでみる価値はないとは言わない。
というのも、以前ツイッターで述べた内容だが、ジュニア、アンダー世代というのは、有酸素運動能力の指標であるVO2maxをのばすために絶好の時期なのだ。心血管系が成熟する20歳以降にインターバルなどのトレーニングを行っても、成長期ほどの著しい効果は得られないと考えられている。
それゆえ、若い時間をいつでも取り組むことのできる減量に費やすのはもったいない、というのが僕の考えだ。もっと他にやるべきことがあろうと思う。
加えて、減量はどんなやり方を取ろうとて、少なからず体にストレスを与えるものだし、なにより、人間の体にはホメオスタシス(恒常性)の原理というものがあって、入ってくるエネルギーが少なければ、出ていくエネルギーを少なくするように調整して、なんとかやつれていかないようにする。それはつまり、日常生活をエネルギッシュに送れなくなることであり、練習においても、強度を保つことが難しくなるということだ。
また、人間の体は大半を水分が占めている。体重というのは、水分量で簡単にプラスマイナス2kgほどの範囲で変動するものだ。興味のある人は、一日に何度も体重計に乗ってみてほしい。きっと、朝起きた直後、練習直後、食事の直後、寝る直前で、最大で2kgほどの変動があるはずだ。
人間の体にはグリコーゲンという、糖質の塊を蓄える機能があり、グリコーゲンは1gあたり4gの水分を蓄えて体に貯蓄される。グリコーゲンの貯蔵量は500gが限界といわれているが、それだけでも、グリコーゲンが豊富にあるときとないときでは、水分含め2.5kgの体重変動があることがわかる。
このように人間の体には体重を動的に変動させる要素がいくつもあり、一時的に体重が2kg減っていても、手放しに喜べないのだ。体脂肪だけを効果的に減らす策を考えなければならない、というのが減量では基本的な考えだ。

では、自転車選手にとって最適な体重、体脂肪率とはいかほどのものか。これから国際大会を含むステージレースを転戦することを夢見ている選手は参考にしてほしいが、世界には、過酷な環境に置かれるレースがたくさんあって、例えば、

  • 連日35度を超える中で180km以上を走るレース
  • 麓ではあつかったのに標高2000mの山頂では10度しかない、しかも山頂にそのまま宿泊するステージ
  • 食べ物や水が合わず下痢をした状態で初日を迎える8日間のステージレース


あ、気づけばこれらは全部今年のツールドランカウイの話なのだが、アジアツアーを転戦していると、もっと過酷な環境に置かれる話もたくさん聞く。
これと減量とに何の関係があるかというと、

減量で、住み慣れた日本にいてもストレスをかかっている状態の体では、海外の生活や過酷なステージレースのストレスに耐え切れず体調を崩してしまう可能性が高い。

ということだ。こういったレースを体調を崩さず走り切るためには、少なくとも不満のない食生活を送り、ストレスなくレースにむけて調整していかなくてはならない。

ツールドフランスで我々が見る驚くほどに絞り込まれた体は、専門の栄養士やトレーナーと協力して、開幕の半年以上前、オフシーズンから綿密に計画して作りこまれた体であり、ホビーレーサーやアマチュアがまねしようとしても、簡単にできるものではない。むしろリスクの方が大きくなってしまうので、やめた方が良いと思う。それでもどうしても減量をしたいという選手には、以下の考え方をお勧めする。

入れるカロリーを減らすのではなく、好きに食べる分、練習量を増やす

当たり前のことのようだが、減量に目を奪われると、食事のカロリーばかり気にしてしまいがちだ。しかし、最近はパワーメーターを使用すれば簡単に練習で消費したカロリーを見ることもできるので、エネルギッシュな練習に役立てたいところだ。

そして、体重の調整は、少なくともシーズンインの1か月前には終えて、シーズンに入るころに体水分量やグリコーゲンのローディング量をいつもの水準にまで戻しておくことも重要だ。これがすなわち「健康体でレースに挑む」ということであり、シーズン中の体重の無理な調整は、体調を崩したり、回復が立ち行かなくなってオーバートレーニングを招いたりと良いことがない(体験談)。

長々と減量に関して話してきた。体重がたかだが1kg重いことよりも、レースに万全の体調で挑めないことによるパフォーマンスのロスの方が、著しく大きいので、これを肝に銘じて、減量は慎重に、計画的に、をおすすめしたい。

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