前回の記事では、「資産になる時間を使おう!」というテーマで、結局のところ、どこで活動するかではなく、どんな活動をするかが大事だよ、という記事を書いた。
ところが、自分でも薄々感じてはいたんだけど、
「じゃあ結局、自転車で強くなってプロになるために、ヨーロッパに行くのってどうなんだ!」
という質問の答えが出ていない。
なので今回は、僕自身の少ないヨーロッパ経験と、同世代の友人たちから聞く「ヨーロッパで活動することのメリットとデメリット」について書いてみます。
ヨーロッパで活動するメリット①: 現地でしか経験できないレースを走れる
「現地でしか走れないレースがある」
これは、ヨーロッパで活動していた選手がみんな口をそろえて言うことだけれど、向こうのレースは本当に、日本のレースとはまるで違う。
これを読んでいる方が、JBCFのエリートツアーや、高体連、学連のレースにしか出たことが無ければ、なおさらだろう。
どう違うかというと、密度やスピード感、レース展開。。枚挙にいとまがない。例として、僕の経験談をしよう。
僕がフランスで経験したU23版ツールドフランスのはなし
僕が初めてヨーロッパのレースを走ったのは、2018年の8月、「ツールドラブニール」でのことだった。
そのレースは、「U23版ツールドフランス」といわれていて、僕が出場した年は、のちに2020年のツールドフランスを勝つことになる、ポガチャル選手が優勝した。それ以外にも、現在ワールドツアーチームで活躍している選手が数多く出場していて、文字通り「若手の登竜門」といわれるレースだ。
その第1ステージをスタートしたとき、僕は絶望感すら覚えた。
まず、密度が半端ない。集団内の選手は横の選手とハンドルが当たるか当たらないかというスレスレで常に走っており、バランスを保つために隣の選手に寄りかかりながら走ることすら、当然の世界だ。
集団の密度が高すぎて、次のコーナーが右か左かすら見通せない。ただ、集団がそちらに流れるから、ついていくだけ。前がブレーキするから、あわててブレーキする。
よく「プロトンは大きな生き物」と比喩されるが、その通り、まるでプロトンという「龍」に必死につかまりながら、振り回されている気分だった。
集団内は常に、カーボンホイール用のブレーキシューがハードブレーキングで溶けたときの独特なにおいが充満していて、あちらこちらから罵声が飛んでいる。
「違うレースだ。いや、これは戦争だ。」
と思った。
僕が今まで出場してきたJプロツアーやインカレとは、やっている競技そのものが違うかのようだった。
翌日以降は、とにかく一日でも長くレースを走るために、この「初めて出るロードレース」に必死に順応しようとした。
どうすれば超高密度の集団を縫って前方に上がれるのか、チームカーはどのように使うのか。集団の流れを読むためには、自分の一つ前の選手ではなくて5列先の選手を見るんだとか。
レース期間中は「DNFになること=死」くらいに思っていたから、それはそれは、毎日必死だった。
その結果、3日目くらいから何となく「このレースの走り方」を理解し始めた。
初日は160人の集団の140番手くらいでしか走れなかったのが、有力チームの間をくぐって50番手くらいに位置どれるようになり、先のコーナーも、前の動きを読んで予想できるようになった。
その結果、第5ステージの大集団スプリントでは、多発する落車をかいくぐりながら単騎で位置取りして、15位に入った。
リザルトだけ見れば、全くすごいことではないのだけど、
それまでネイションズカップを走ったこともない、チームカーの使い方も知らない、「ヨーロッパ初心者」の僕が、いきなりヨーロッパの年代別最高峰のレースでこのリザルトを残したのは、浅田監督もすこし驚いたようだったし、僕にとっても良い経験になっている。
今話したようなことは、絶対に「現地」に行かないと経験できないことだ。
どんなにパワーが出せる選手でも、集団内の位置取りのテクニックや、チームカーの使い方、補給戦略、力の使いどころの見極め、そういったことを学ばなければ、ヨーロッパの本当にレベルの高いレースで結果を残すことはできない。
その意味で、やはりヨーロッパで将来活躍したいなら、ヨーロッパに行きなさい。となるのは当然のことだろう。
ヨーロッパで活動するメリット②: 自立する
自立する、というと何だか抽象的に思われるかもしれない。
でもこれは本当で、
僕は、ヨーロッパで年単位で活動してきた選手と会うと必ず思うことがあって、それは
「この人、たくましいな。」
ということだ。
彼らはビザの取り方を知っている。
言語がろくに通じない国で、次に乗る電車にたどり着く方法を知っている。
海外で賃貸を契約したり、ホームステイ先を見つけたりする方法も知っているし、
日本食があまり売られていない海外で、どうやったら和テイストな食生活が送れるかも知っている。
どれも日本で生活していては身につかないスキルだし、youtubeで発信すればそこそこ需要のありそうなスキルだ。
若いうちにこういうことを経験した選手は、将来どんな環境に身を置いてもなんとかやっていけるだろうし、それが強みになることもあるだろうと思う。
というわけで、ここまでメリットの話をしてきたが、次からデメリットに移ろう。
ヨーロッパで活動するデメリット①: 環境に適応できないと地獄
「環境に適応できない」リスクは、絶対に考慮しておくべきだ。
さっき書いたメリットの「自立する」というのは、あくまで「環境に適応できた場合」の話であって、
僕が友人から聞いた話の中には、
空港からホームステイ先までたどり着けなくて、危うく野宿するところだった話や、
チームからの連絡の中身が理解できなくてレースに出場できなかった話、
チームメイトと仲良くなれなくて、そのせいでチームワークができずレースで良い成績を残せない
なんて話もある。
まず前提として、海外の人は日本人ほど、「外国人」に優しくない。
困った顔をしていても、自分から助けを乞わなければ誰も助けてはくれないし、レースのメンバー選考に関しても、同じくらいの走力だったら、自国の選手が使われて、外国人がはじかれるのは、当然の話だ。
だから、ヨーロッパに行って、そこで結果を出してプロになるのは、ヨーロッパ人が同じことをするよりもはるかに難しい。
「自国の選手を優遇したい」バイアスを覆すくらい、人間的に魅力的か、走力があるか、そういうプラス要素がないと、そもそもレースに出れないし、強いチームが自分を買ってくれないから。
そしてこれと関係してくるかもしれないけど、こんなデメリットもある。
ヨーロッパで活動するデメリット②: 強くなるために使える時間が限られる
ヨーロッパで自転車に専念するのに、活動時間が限られるというのは、一見矛盾しているように思われるかもしれないけど、これも本当だ。
ビザの問題
たとえば、フランスに3か月滞在するだけなら、ビジターのビザで行けるから問題は生じない。
でも、年単位でフランスで活動したいなら、「タレントビザ」を取らなくてはいけないし、フランス以外の国で年単位で活動するビザを取るのは、もっと難しい(豆知識: フランスは、外国人のビザ取得に優しい国らしいよ)。
そうなると、日本にいるオフシーズンのうちに前もって渡航計画を立て、計画的にビザを申請する必要があるのだが、それがスムーズにいかないと、日本での練習時間を削って、ビザの申請に時間を使わなくてはならない。
それはビザ以外も一緒で、向こうで生活する家の手配、所属するチームとの面談、そういった身の回りのことを、日本にいるオフシーズン中に全部やらなくてはならないのは、実は結構負担になる。
オフシーズンというのは、一年で一番練習時間が長い期間で、シーズンの出来はオフシーズンで決まるといっても過言ではないので、これらの負担をオフシーズン中に背負うことが、何よりも問題なのだ。
自転車の問題
さらに、ヨーロッパのチームは、アマチュアレベルでも、自転車店などがサプライヤーとなって、フレームを供給していることが多い。
一見良いように思えるが、実際は良い事ばかりでもなくて、
自転車店がサプライヤーになる場合、日本人は体格が小さいのに、日本人向けのフレームサイズを普段取り扱ってなくて、大きいサイズのフレームに無理やり乗らなくてはいけないことがあったり、
日本に一時帰国する場合、自転車を持って帰ってはだめだと言われて、日本では別の自転車に乗らなくてはならなかったり、
アマチュアチームの場合、フレームのサプライヤーが毎年変わってもその移行がスムーズではないので、「自転車選手なのに乗れる自転車が一台もない」期間が発生することがあったりする。
これでは、せっかく強くなるためにヨーロッパに行くのに、本末てんとう虫だ。
と、いうわけで、今まで話してきたメリットとデメリットを踏まえて、ここからは、僕がおすすめする「いいとこどり」の方法をお伝えしよう。
僕のおすすめの方法: 「日本人主催の海外遠征」を活用する
日本人主催の海外遠征、というのは例えば、ナショナルチームのヨーロッパ遠征や、チームIRCユーラシアの橋川健さんがやっているベルギー遠征、学連の欧州遠征などがある。
ナショナルチームに入るのというのは、ちょっとハードルが高いかもしれないけど、それ以外に今言った海外遠征は、「エントリーする勇気」と、「2,30万円のお金」があれば、誰でも行くことができる(お金に関しては結構高いので、「誰でも」とは言えないかもしれないが…)。
これらの遠征では、「ビザの申請問題」や、「乗る自転車ない問題」に関係なく、ヨーロッパのレースを体験できるので、いわばヨーロッパで活動するメリットと、国内で活動するメリットの「いいとこどり」ができる。
そうは言っても、短期間の遠征で、ヨーロッパでプロになれるだけのすごいリザルトを積み上げるなんて無理じゃないか!
という声が聞こえてきそうだけど、
ヨーロッパで長期的に活躍できる日本人選手は、短期間のヨーロッパ遠征でもしっかり結果を出せる。
それは、才能なのか、短期間で必死に努力しているからなのか、要因は人それぞれだと思うけれど、確かなのは、「貴重な経験は、その期間が長くなればなるほど、その貴重さが薄れる」ということだ。
3か月のヨーロッパ遠征より、2週間のヨーロッパ遠征の方が、絶対にこのチャンスを逃したくないと思って、目先のレースに必死になるでしょう?
その最たる例が、僕の「ツールドラブニール」での経験だったと思う。
僕は当時、世界最高峰のレースを経験できる大チャンスをもらった。でも、レースはDNFになったら翌日は出走できない。そうなったら、得られるものが減ってしまう。だから、毎日生き残るために必死になった。
その日DNFしても、翌日また出走できるルールだったら、あんなに頑張れてはいなかっただろう。
そうして血眼になってスキルを学んだことで、その経験は今、僕が日本のレースを走るのにも大いに役立っている。
これと同じように、まずはヨーロッパに短期間行って、そこで競技人生を賭けるつもりで、必死で努力してみる。
そこで手ごたえをつかんだのなら、翌年から本格的にヨーロッパに行くことを考えてみても良いだろうし、「無理だ」と思ったのなら、おとなしく国内で活動するのが良いと思う。
まとめ: だらだら続けるのは一番良くない
ここまで、ヨーロッパで活動することのメリットとデメリット、僕の意見として、まずは短期間行ってみるのはどうか、という話をしてきたが、まとめておくと、
基本的には海外での活動期間が長くなれば長くなるほど、メリットよりもデメリットの方が際立つようになるよ
ということだ。
このことと、前回書いた、「自分がヨーロッパで活動する時間は、将来的に資産になるのか?」ということを合わせてよく考えて、結論を出してほしいと思う。
ではまた!